インターネットやSNSが当たり前の時代。アダルトビデオ(AV)や性的描写を含むネット広告をはじめ、アダルトコンテンツに触れる機会は、誰にとっても以前より増えました。「AVなんて、自分には関係ない」と思っている人もいるかもしれません。しかし、AVは単に娯楽コンテンツとしてだけでなく、社会や私たち自身の価値観に大きな影響を与えているものです。
2022年6月、日本では「AV出演被害防止・救済法」(通称:AV新法)が成立しました。この法律は、AV業界における出演者の人権を守るために作られたものです。その一方で、業界の現場や制作関係者を苦しめる側面もあり、賛否両論が広がっています。
この記事ではAV新法の内容、その問題点やAVを見る側の責任について考えます。
AV新法とは?
AV新法は、主に出演者の保護と救済、強制的な出演や同意のない撮影の防止を目的として制定されました。具体的には、以下の内容が盛り込まれています。
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契約内容の明確化
出演契約を結ぶ際には、契約内容を出演者にきちんと説明することが義務付けられました。 -
契約後のクーリングオフ(契約解除期間)の導入
AV出演契約を結んだ後、契約を解除できる期間(クーリングオフ)が設定されました。
○ 撮影前:契約から「1か月以内」
○ 撮影後:契約から「4か月以内」
これにより、「やっぱり出演したくない」という出演者の気持ちを尊重する仕組みができました。 -
公開後の取り消し(削除請求)
撮影が終わり作品が公開された後でも、出演者は「作品の公開をやめてほしい」と申請できるようになりました。
またAV新法により、出演者の性別や年齢を問わずAV出演の契約を無力化するルールが定められました。すでにAVの撮影をしてしまっていても、出演契約をなかったことにしたり、公表を差し止めたりすることができます。これは個人で撮影した動画も同様です。AV出演被害で困ったときはなるべく早く「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」に相談しましょう。全国共通の電話番号は#8891。無料で通話が可能で、最寄りの支援センターに繋げてくれます。プライバシーや秘密は厳守されます。
このように、AV新法は出演者の人権を守り、強制的なAV出演による被害をなくすことを目指した法律です。これまで「騙された」「強制された」といった被害が多数報告されてきました。AV新法によって、契約解除や作品削除が認められることで、出演者の精神的・身体的な負担を軽減できるようになりました。また、法律によって契約が明確化され、出演者がきちんと理解した上で出演できるようになりました。
その一方で、AV新法はAV関係者を苦しめる法律にもなっています。まず、クーリングオフ期間が長すぎるため、制作会社は「作品が販売できなくなるリスク」を抱えることになりました。そのリスクに耐えられない零細事業者はAV新法に沿った作品が作れず、結果的に取り締まりの目の届かない所で、秘密に非合法なAVが作られています。
現在はインターネットの普及と撮影・編集機材の進歩でAV制作は誰でもできるようになり、個人制作の同人AVを自由に配信できるプラットフォームや無修正の違法サイトが勢力を増し、性犯罪の温床にもなっています。再生回数が収入に直結することから、コンドームを装着しない挿入などリスクの高い行為も散見され、本来はこうした地下化された部分こそ対応すべきという声も多くあります。
海外のAV規制や出演者保護はどうなっている?
日本のAV新法と同じように、海外でもアダルトコンテンツの規制や出演者保護に関する法律が存在します。例えばアメリカでは連邦法2257条により、製作者は撮影時点ですべての出演者が18歳以上であったことを確認する記録を収集し、保持する必要があります。出演者は18歳以上であることを証明する必要があり、撮影の際には必ず身分証明書を提出します。
出演者の同意は、アメリカでは非常に重要視されています。撮影の前に、出演者と制作会社の間で出演内容や条件を明記した契約書が交わされます。これには、撮影内容、公開の範囲、報酬、権利の放棄などが含まれます。
撮影当日には、出演者に「内容について問題がないか」「同意が得られているか」を最終確認する場合が多く、出演者自身が再確認の書類にサインすることもあります。一度契約書にサインして出演し、作品が公開されると、原則として同意の撤回や公開停止は認められにくいのが現状です。そのため、契約時点で出演者に対して詳細な内容説明が徹底されています。
AVを性行為の教科書代わりにしてしまうことの問題点
日本では、年齢・性別に限らず、多くの人たちにとってAVが「性行為のお手本」になってしまっている現実があります。その背景のひとつには、「なんとなく知っているけれど、きちんと学んだことはない」という性に対する知識の乏しさがあります。
日本の学校教育における性教育は、非常に限られた内容にとどまっています。義務教育の中では、生殖器の名称や月経、妊娠、性感染症といった「生物学的な話」には触れますが(しかも異性愛に限定したものがほとんど)、実際の性行為やパートナーとの対等な関係性の構築の仕方、そして「同意」についての教育は不足しています。また、学校で「性の話」を取り上げること自体がタブー視されがちです。「子どもたちに悪影響がある」「早すぎる知識はよくない」といった意見が根強く、結果的に多くの人たちが正確な知識を得られないまま成長してきました。それは今を生きる若者たちも同様です。
その一方で、性情報を取り巻く環境は大きく変わっています。その代表例が、インターネット上にあふれるアダルトコンテンツ、特にAVです。スマホが普及した現代では、子ども、若者も含め、いつでもどこでもアダルトコンテンツにアクセスできる環境が整っています。また、性的描写を含むネット広告も多く、自分からアクセスしなくても目に入ってしまう状況があります。
AVが「性行為の手本」になってしまう理由には、以下の要素が考えられます。
- 視覚的で分かりやすい:言葉ではなく、映像で性行為を見ることで、リアルに感じることができる。
- 正しい情報を学ぶ場がない:学校や家庭で性について教わらないため、「手っ取り早く知る方法」としてAVが選ばれる。
- 好奇心を満たす:成長過程で自然に芽生える性への興味・関心が満たされる。
私たちはいま、自分を守り性的な自己決定をしていくために必要な知識やスキルを身につける場が不足し無防備です。そのため、アダルトコンテンツに描かれている情報の問題性(利益追求のためにリスクの高い行為も一般化している)を見極められず、AVが「性の教科書」化するまでに至っています。この状況は、周囲に相談しにくい、金銭的に自立できていない、想定外妊娠をした時の影響が自身の教育などにも及びやすいといった状況を抱える若者には、より大きなリスクとなってしまっています。
AV等のアダルトコンテンツを見る際には、AVはあくまでフィクションであるという見る側のリテラシーが不可欠です。AVと現実の性行為には、以下のような違いがあります。
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同意
現実の性行為では、お互いの同意が何より大切です。しかしAVでは、同意のプロセスが描かれないことが多くあります。それどころか、実際には相手の心身を大きく傷つける暴行、脅迫、強要などを含む性暴力、犯罪でしかないような事柄が、あたかも望ましい性行為であるかのように描かれていることがあります。 -
パフォーマンス
AVでは見栄えを良くするために誇張された動きや演出が多用されます。例えば、長時間の行為や特定の体位は、撮影のための演出であり、現実には身体的にも精神的にも負担がかかります。 -
避妊や性感染症予防
多くのAVでは、コンドームの使用が描かれていませんが、実際の性行為ではそれらについてのコミュニケーションを含め、重要な点になります。
AVを「性の教科書」として受け取ってしまうことで、以下の問題が起きやすくなります。
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性行為に対する誤解
「AVのようにしなければならない」とプレッシャーを感じたり、パートナーに対して過剰な期待を抱いたりすることがあります。 -
性的同意の軽視
AVの影響で「相手が嫌がっていても大丈夫」という誤った考えが生まれ、性的同意の重要性が軽視されることがあります。これは、性的な暴力やトラブルにつながる危険性があります。
AVは現実の性行為とは異なるものです。性行為に限りませんが、大切なのは、AVで見た通りにすることではなく、自分と相手の安全と気持ちです。お互いが幸せで豊かにいられる時間を過ごすためにも、性についての知識や理解は、大切な学びのひとつです。
AVを見る側の責任について考えることも大切
AVは巨大な市場であり、多くの作品が日々制作されています。AV業界は長年、出演者の強制出演や契約違反といった問題が指摘され続けており、近年世界的には人権に配慮した「エシカル・ポルノ(制作される背景に人権侵害や搾取などがなく、リスペクト、平等、多様性の受容などを考慮して作られたアダルトコンテンツ)」も生まれ始めています。「AV問題」というと制作者や出演者側の問題と捉えがちですが、AVを購入・視聴する行為は、その「需要」を生み出すことになり、そこにも社会的な「責任」があるということを理解しておく必要があります。
① 違法アップロードを視聴しない
インターネット上には、違法にアップロードされたAVが多く存在します。「無料だから」と軽い気持ちで見てしまう人もいますが、違法コンテンツを見ることは、クリエイターや出演者の権利を侵害する行為です。違法コンテンツの視聴やダウンロードは、場合によっては法的責任を問われることもあります。また、児童ポルノなど、所持自体が禁止されているものもあります。
② 出演者の人権を尊重する
性に関わる仕事に就く人たちに対する差別や偏見が、この社会には根深く存在します。残念ながら、ネット上などで出演者のプライバシーを暴露したり、自立した個人としての行動を誹謗中傷をしたりする人がいます。性に関わる仕事についているからといって何を言われてもされても仕方がないというのは間違いです。すべての人に人権があり、尊厳を傷つけられていい人はいません。
AV等を見ること自体は個人の自由です。また、アダルトコンテンツは、望む、望まないにかかわらず、私たちの日常に溢れています。だからこそ、それらが自分の考え方や相手との関係性、性的な行為にどう影響を及ぼしていて、気を付けるべき点があるとすればそれはどこか、まずは立ち止まって考えてみることが大切です。性についてについて知りたいことがあれば、AVといったアダルトコンテンツではなく、信頼できるサイトや専門家の意見を参考にしましょう。