
出産後にホルモンの変化や生活環境の急激な変化によってうつ状態に陥る「産後うつ」。産後うつというと母親のイメージが強いですが、実は父親もメンタルヘルス不調になりうる可能性があることは、まだあまり知られていません。この記事では男性の産後うつの原因と対策について考えていきます。
男性の産後うつとは?
2005年に医学雑誌Lancet誌にその実態が報告されて以降、国内外問わず、男性の産後うつについて様々な報告がされています。よくある症状としては気分の落ち込み、疲れがとれない、眠れない、イライラする、赤ちゃんに愛情を感じにくいなどが挙げられます。産前~産後1年の間に父親が「うつのリスクがある」と判定される割合は 約8.4%、これは10~12人に1人が何らかの形で心の不調を経験する可能性があるということになります。
なぜ男性にも産後うつが起こるのでしょうか? 原因は単一ではなく、複数の要素が重なって起こることが多いようですが、大きく分けて3つの原因が挙げられます。
1. 育児と仕事の両立の負荷
理想的な父親像が時代と共に変化する一方で父親の労働環境はあまり変わっていないことから、仕事の負担が減らない中で育児を担うこととなり、そのため両立が難しくなって、結果的にメンタルヘルス不調を起こしやすくなります。
2. 社会的・心理的なサポート不足
父親同士のネットワーク、育児知識や情報へのアクセス、相談できる場が少なく、周囲に育児経験者がいない、支援団体がないことで孤立感を深めてしまうことがあります。
3. 「有害な男らしさ(トクシック・マスキュリニティ)」のプレッシャー
「有害な男らしさ(トクシック・マスキュリニティ)」の影響もあげられます。「有害な男らしさ」とは、「男性だからかくあるべき」といった固定観念で、多くの男性が内面化しています。「子どもが産まれたから仕事をより頑張らなくては」と意気込み、仕事を増やしたり転職をしたり、自ら多重負荷を課して追い込まれてしまうことがあります。
その他、育児休業制度や職場の制度が十分でない、育児中の時間外労働や休憩時間が確保されにくいといった環境的な要因や、パートナーが産後うつであると父親にも心理的負担が波及するリスクが高まると言ったパートナーの産後うつとの関連なども、男性の産後うつの原因として考えられます。
父親のメンタルヘルス状態が悪化することで、夫婦関係に摩擦が生じやすくなったり、子どもの情緒・行動発達にも影響するという研究もあります。
産後うつのサインと予防のためにできること
産後うつになると、一般的に以下のような症状が現れます。このようなサインが2週間以上続くようであれば、あるいは日常生活に支障を感じるなら、父親学級を探すか、母親学級で対応してくれるか相談してみましょう。
気分・感情の変化
- なんとなくずっと気分が落ち込む
- イライラしやすくなる
- 赤ちゃんやパートナーに愛情を感じにくい
体のサイン
- 眠れない、または眠りすぎる
- 食欲がなくなる、逆に食べすぎる
- 慢性的な疲労感
行動の変化
- 赤ちゃんや家庭から距離をとりたくなる
- 仕事やゲームなどに逃げ込む時間が増える
- 飲酒や喫煙の量が増える
考え方の変化
- 「自分は父親失格だ」と強く思う
- 将来への不安ばかりが頭に浮かぶ
- 物事に興味が持てない
では男性の産後うつを防ぐにはどんなことが必要でしょうか?
1.家族のサポート
出産直後の父親が孤立しないことが一番大切です。日本では「里帰り出産」でお母さんと赤ちゃんが実家に帰り、父親が育児から取り残されてしまうことがよくあります。でも、育児はスタートが肝心。もし里帰りをするなら父親も一緒に行く、あるいは親に家に来てもらうなどして、最初から一緒に育児を経験することが重要です。
さらに、「育児は夫婦だけでやるのは無理」と認めることも大事。周りに助けを求めたり、支援先を知っておくことが、自分たちを守ることにつながります。
2.企業のサポート
企業は「男性も育休を取れるようにしよう」と進めていますが、それだけでは足りません。大事なのは「育休の前後」の支援。たとえば妊婦健診にパートナーと一緒に行きやすくする配慮や、育休から戻った後に「元通りの働き方」ではなく「育児と両立できる働き方」を考えることが必要です。実際、多くの父親は「仕事と育児のダブル負担」でしんどさを感じています。
法律上も育児中は残業を減らせる仕組みがあるし、産業医がいる会社なら、仕事や育児の不安を相談できることをもっと周知していくべきです。
3.行政のサポート
母親向けの支援(母親学級や妊婦健診など)に比べて、父親向けはまだまだ足りません。父親が出産や育児について学べる「父親学級」を地域で増やすことが必要です。すでにある母子支援も活かしつつ、「父親も一緒に支援対象にする」という視点が求められます。
父親が孤立しない環境づくりを
男性の産後うつを防ぐには、父親を孤立させないことがカギ。家族は一緒に育児をスタートできる環境をつくり、企業は仕事と育児の両立を後押しし、行政は父親にも情報と学びの場を届ける。この三つがそろってこそ、父親も母親も安心して子育てできる社会になります。
父親の産後うつは、まだ社会的認知が十分でない部分がたくさんあります。しかし、研究や制度づくりは少しずつ進んでおり、国のマニュアルもあらゆる父親が支援対象になるような視点を持っています。
「父親だから我慢する」「強くいなければならない」という思い込みが、かえって心を重くすることがあります。父親でも「心がつらくなる」ことは普通に起こり得ることであり、決して弱いとか甘えではありません。産後うつとは言わないまでも、産後は母親父親問わず、心に負荷がかかる時期として、自分を大切にすることが大切です。