ハーグ条約

「子どもは誰のもの?」
ハーグ条約から考える、家族と権利のかたち

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海外で暮らしたり、外国籍のパートナーと出会ったりすることは、いまや特別なことではありません。そんな時代に知っておきたいのが、国境を越えた「家族」の問題です。国際結婚の増加とともに、離婚もまた国境をまたぐようになりました。そのなかで起きているのが、親の一方が子どもを自分の国へ連れ帰ってしまう「連れ去り」の問題です。

こうしたケースに対応するために作られたのが、1980年に採択された国際ルール「ハーグ条約」。子どもの安全と生活の安定を守ることを目的としています。日本は長年未加盟でしたが、2013年に締結が承認され、2014年4月1日から発効しました。この記事ではハーグ条約の基本を整理しながら、「家族」と「子どもの権利」について考えます。

ハーグ条約とは?

ハーグ条約は、国境を越えた子どもの「不法な連れ去り」や「留置」をめぐる紛争に対応するための国際的な枠組みです。1980年にオランダ・ハーグで採択され、正式名称は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」といいます。

対象となるのは、例えば次のようなケースです。

  • 一方の親の同意なく子どもを国外に連れ出す「連れ去り」
  • 一時帰国の約束をしていたにもかかわらず、期限を過ぎても元の国に戻さない「留置」

こうした状況に対して、条約は「子どもを元の居住国に返還するための手続き」、「国境を越えた親子の交流(面会)を実現するための国同士の協力」を定めています。
なお、この問題は国際結婚に限ったものではありません。日本人同士であっても、海外で生活していた場合には対象になります。

ハーグ条約が重視しているのは、大きく2つです。

① 子どもの生活の安定
慣れ親しんだ環境から突然引き離されることは、子どもにとって大きな負担になります。そのため、できるだけ早く元の環境に戻すことが重要とされています。

② 両親との関係を維持すること
連れ去りによって一方の親との関係が断たれること自体が、子どもにとって不利益だと考えられています。

また、日本では外務省が「中央当局」として、申請の受付や当事者間の連絡の仲介、ADR(裁判外紛争解決手続)機関の紹介、弁護士や面会交流支援団体の案内など、実務的なサポートも行っています。

ハーグ条約はどうして作られた?

ハーグ条約が採択された背景には、国際結婚の増加と、離婚トラブルのグローバル化があります。1960〜70年代以降、交通手段の発達などにより国をまたいだ移動が活発になり、異なる国籍同士の結婚や海外移住が増えていきました。その一方で、関係が破綻したときの問題も国境を越えるようになります。

その中でも深刻だったのが、子どもの「連れ去り」です。

例えば、海外で暮らしていた夫婦が別居や離婚に至った際、一方の親が子どもを連れて自国に帰ってしまう。すると、もう一方の親は子どもに会えなくなり、どの国の法律で解決すべきかも分からない“法の空白”が生まれてしまいます。

当時は国によって家族法の考え方が大きく異なり、「どの国で裁判するか」によって結果が変わる状況もありました。そのため、自分に有利な国へ子どもを連れていく、いわゆる「連れ去り勝ち」のような問題も起きていたのです。こうした混乱を防ぐために、「まずは子どもを元の生活環境に戻し、その国で判断する」という共通ルールが作られました。

※ただしDVや虐待など、子どもや同伴親の安全に重大な懸念がある場合には、返還が認められない例外も設けられています。

ハーグ条約の問題点と、日本の加盟が遅れた理由

ハーグ条約は1980年に採択されましたが、日本が加盟したのは2014年。G7の中でも最後でした。その背景にはいくつかの理由があります。

まず、当時の日本では国際結婚の数が少なく、この問題が社会的に認識されにくかったこと。さらに、条約に対応するための法制度や運用体制が整っていなかったことも挙げられます。加えて、国内では強い懸念の声もありました。

例えば、DV被害者が逃げられなくなるのではないか、子どもを危険な環境に戻してしまうのではないかといった問題です。また当時は特に、夫婦関係が破綻した際には母親が子どもを連れて実家に戻るという日本の風習に条約の考え方が合わないのではないか、という指摘もありました。

このような議論がある中で、日本は最終的に加盟に踏み切ります。背景には、国際社会からの強い要請や国際的なルールに参加する必要性といった要因もありました。

日本がハーグ条約を締結したことによって、相手国から子どもを連れ戻すための手続きや、親子の交流機会の確保のための手続きがスムーズに進められるようになりました。しかし現実はそう簡単ではありません。ハーグ条約の「子どもを国外へ連れて出たら、いったん元の国に戻して裁判で解決する」というルールは、一見シンプルで正しくも思えますが、例えば慣れない海外で孤立していた、パートナーからDVを受けていたなどの事情があっても、条約上は「連れ去り」と見なされる可能性があります。

「権利の主体」は親ではなく、子どもである

ハーグ条約は、単に子どもを取り戻すための制度ではありません。子どもの生活の安定を守ること、両親との関係を維持すること、この2つを柱とした、子ども中心の仕組みです。つまり、親同士の争いを解決するためというより、子どもにとっての「環境」と「関係性」を守るための仕組みです。

また、ハーグ条約の返還手続は、親権や監護権を決めるものではありません。子どもを元の国に戻すかどうかを判断し、どちらの親と暮らすかは、元の国の裁判所で決められます。それでも議論はどうしても「親の正しさ」に引き寄せられがちです。大切なのは、子どもにとって何が最善なのかという視点です。

子どもは「守られる存在」であると同時に、権利を持つ一人の人間です。どこで暮らすか、誰と関係を持つか、安全に生きられるのか。それは親の所有物としてではなく、子ども自身の人生に関わる問題です。

子どもを「親のもの」としてではなく、「権利を持つ主体」として捉えること。家族のかたちがますます多様化する今、この視点を忘れないことが、これからの社会にとって大切なのではないでしょうか。