自然災害は全国各地で起こり、いつ誰が被災してもおかしくない状況ですが、災害時に見過ごされがちな問題のひとつが「ジェンダー・セクシュアリティとダイバーシティの視点」です。社会に大きな混乱がもたらされる災害時は特に、このジェンダー・セクシュアリティの不平等やダイバーシティの欠如が顕著に現れます。災害時に実際に起きている問題と、これからジェンダー視点の防災対策が広がるために必要なことについて考えます。
災害時、ジェンダー・セクシュアリティの不平等による問題はこんなに発生している
避難所での生活は多くの人々にとってストレスフルな状況ですが、特に女性や性的マイノリティの人々は、例えば避難所で必要な月経用品や下着がなかなか届かない、周囲の目を気にせず着替えや授乳ができるスペースがない、トイレにおけるプライバシーの問題、法的な家族と同等に扱われないなど、困りごとが多く発生しやすくなっています。
また、災害時には、社会的な力関係やジェンダーの役割が強調されやすくなります。みんなが大変な状況下で、本来は得意なことを得意な人がすればよいのに、食事は女性の仕事とされ男性は力仕事や外部との交渉を担当することが多くなりやすいです。また、男性が避難所で感情を表すことを弱さと見なされる一方で、女性が意見を言うと非難されることも。このようなジェンダーステレオタイプによる役割の分担は、女性が避難所での不平等に直面する原因となったり、力仕事が不得意な男性の生きづらさにも繋がります。
災害時にはDVや性暴力といったジェンダーに基づく暴力も増加します。盗撮やのぞき、強姦、強姦未遂など「環境不備」による性暴力のほか、必要な物資や生活の世話の見返りとして男性が性的な関係を要求する「対価型」の性暴力も多数報告されています。また肉体的な暴力だけでなく、夫が義援金や補償金を妻に渡さないという経済的暴力も起きています。災害時に容易に解雇され、職場復帰が遅いのも圧倒的に女性の方が多くなっています。
また、性的マイノリティの人々も、例えば性別自認でなく身体の性や戸籍の名前で呼ばれる、男女別に設置されたトイレや更衣室、入浴施設が使えない、男女別の物資を受け取りにくい、仮設住宅や災害公営住宅に同性パートナーと暮らせるのか不安など、災害時にたくさんの困りごとを抱えています。
「防災は男の領域」と決めつけず、多様な視点を取り入れよう
阪神淡路大震災以降、災害時や防災においてジェンダーの視点が必要だという声があがり、東日本大震災の時には不十分ながらもいろいろな対策がとられるようになってきました。内閣府も「災害対応力を強化する女性の視点~男女共同参画の視点からの防災・復興ガイドライン~」を2020年に発行し、民間団体も性の多様性を視野に入れた「にじいろ防災ガイド」を公開したりしてきました。
とはいえ日本では、自主防災組織や町内会など地域の組織でも、災害現場ではこれまで男性が中心となって物事を決めてきた歴史があります。2023年の内閣府の調査によれば、全国の市区町村で防災担当部署に配置されている女性は11.5%にとどまり、女性職員がゼロの市区町村も6割にのぼるといいます。つまり長い間、防災は男の領域とされてきたのです。
(出典)地方における男女共同参画・女性活躍の
現状と政府の取組
避難所を運営する多くの男性職員は女性や性的マイノリティの人の困りごとになかなか気づけず、被災者も男性に相談しづらいなど、防災現場のリーダーに女性や性的マイノリティの人が少ないことが声を上げにくい状況を生み出しているともいえます。なので防災に関わる女性や性的マイノリティの人の数を増やすことはもちろん必要です。その方が、これまで見逃されてきた属性、立場の人の声を届けやすくなるでしょう。
ですが、単に防災に関わる女性や性的マイノリティの人の数を増やせばいいというわけではありません。ジェンダー・セクシュアリティに関わらずどんな人も、自分以外の多様な人たちの状況を想像して行動するということが一番大切な視点です。そしていろいろな属性、立場にいる人々が安心して要望などの声を届けやすい体制をつくっていくことが求められます。
災害時に多様なジェンダーの視点があったほうが良いことは、新型コロナ対策で各国の女性リーダーたちの手腕が目立ったことからも証明されています。台湾、ドイツ、ニュージーランド、フィンランドなど、女性がリーダーを務める国の対策は男性がリーダーの国の対策とは視点が異なり、注目を集めました。男性だからいい、女性だからいいという意味ではなく、多様なジェンダーの人がリーダーシップに関わることで、今までとは違った対策の視点が生まれるという点で、新型コロナ対策の事例は、今後の防災対策にも応用できるはずです。
災害対策というと、避難対策や防災グッズの準備などを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、それらも含めて、ジェンダー・セクシュアリティの視点があってこそ、より確実で強靭な備えができるのです。