「男のくせに泣くなよ」
「女子なんだから気が利いて当然」
こんなフレーズ、日常のどこかで聞いたことはありませんか?自分では気づかないうちに、誰かを型にはめてしまうこと。それこそが、「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」です。「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」では、ジェンダーの理解において、この無意識に潜むバイアスを見つめ直すことを大きなテーマにしています。
性別、年齢、人種、体型、障がいの有無、性的指向、性自認……。あらゆるアイデンティティが存在するこの世界で、かつては「普通」「当たり前」とされてきた基準に疑問を持つことは、今の時代を生きる私たちにとって欠かせない視点です。この記事ではジェンダーにおけるアンコンシャス・バイアスがどのように私たちの思考や言動に影響を与えているのか、今後どうしていくべきかについて考えていきます。
アンコンシャス・バイアスってどういう意味?
アンコンシャス・バイアスとは「自分でも気づかないうちに持っている隠れた思い込み」や「固定観念」のこと。
たとえば、
- 男性はリーダー、女性はサポート役に向いている
- 結婚していない=性格や経済的に何か問題がある
- 子どもがいない女性=キャリア優先で冷たそう
こういった無意識の思い込みは、メディア、教育、家庭、文化的背景などから長い時間をかけて刷り込まれたもの。だからこそ、自分では気づきにくく、偏見として意識されにくいのが特徴です。
コミュニケーションの中で無意識のうちに決めつけてしまうことは昔からありましたが、アンコンシャス・バイアスという概念が注目されるようになったのは2000年頃から。さらにこの考え方が世界的に広く知られるようになったのが、アメリカのスターバックスのある店舗で2018年に起きた事件です。
注文を済ませずに店内で友人を待っていただけの二人の黒人男性客を不審に思った店舗スタッフが警察に通報し、二人は逮捕されることに。これを受けて同社が人種差別をしているという批判が高まり、同社製品をボイコットする動きが広がりました。
この事件によって「無意識の偏見による悪意のない差別」の存在を多くの人が知り、考えるきっかけになりました。
たとえばこんなこと。アンコンシャス・バイアスの具体例
それではなぜ、アンコンシャス・バイアスは問題なのでしょうか?それは、無意識の偏見が人の可能性を制限したり、ジェンダーによる家庭内の役割を固定化したり、学校や職場で疎外感や孤立感、モチベーションの低下を助長することに繋がるからです。
あくまで一例ですが、具体的には以下のような事例が挙げられます。
- 女性は結婚によって、経済的に安定を得る方が良い
- 共働きでも男性は家庭よりも仕事を優先するべきだ
- デートや食事のお金は男性が負担すべきだ
- 育児期間中の女性は重要な仕事を担当すべきでない
- 組織のリーダーは男性の方が向いている
- 受付、接客・応対(お茶だしなど)は女性の仕事だ
- 女性は感情的になりやすい
- 男性は気を遣う仕事やきめ細かな作業は向いていない
- 看護師、保育士と聞くと女性を思い浮かべる
- 単身赴任と聞くと父親を思い浮かべる
また、「女性らしい細やかなセンスが効いた素晴らしい企画だね」といったような、一見ポジティブに思える言葉も、その人の個性を性別で勝手に括ってしまう偏見のひとつ。アンコンシャス・バイアスは悪気がないからこそ厄介で、見えにくい差別を生み出してしまいます。
内閣府男女共同参画局が実施した、令和4年度「性別による思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査結果」によると、「男性は仕事をして家計を支えるべきだと思う(男性:48.7%、女性:44.9%)」「女性には女性らしい感性があるものだと思う(男性:45.7%、女性:43.1%)」「女性は感情的になりやすいと思う(男性:35.7%、女性:37.0%)」という項目が男女ともに1〜3位に入りました。
〈性〉は2択じゃない
「男性ですか?女性ですか?」と聞かれる場面、日常の中でたくさんありますよね。でも実は、この質問そのものが誰かを傷つける可能性があります。
私たちの社会では長い間、「性別=男性か女性か」という2択で考えることが当たり前とされてきました。けれど、性は生物学的な身体の特徴だけでなく、性自認、性的指向、性表現など多面的にとらえることができます。そして、それらもいろいろとあります。性自認(ジェンダー・アイデンティティ)では、ノンバイナリー、Xジェンダー、Aジェンダー(エイジェンダー/アジェンダ―)など、男女の二分法に当てはまらない、あるいは性別という概念に縛られない人たちもいます。
性自認は人それぞれ。人の性は外見や名前だけで判断できないということ、そして多様だということを前提にすることがジェンダーを尊重し、アンコンシャスバイアスを乗り越える第一歩です。
「そんなつもりじゃなかったんだけど……」という言葉もよく聞きますよね。たとえば、ノンバイナリーの友人に対して「え、どっちなの?」と聞いたり、「中性的でいいね!」と無邪気に褒めたりしていませんか?こういった言葉を気にしない人もいるでしょう。でも、人によっては、そうした言葉にモヤモヤしたり、傷ついたり、怯えたりしているかもしれません。
バイアスの怖いところは、それが差別や排除として表面化する前に、じわじわと人を遠ざけたり、居心地の悪さを生んだりすること。「悪気がなかったから大丈夫」ではなく、「相手がどう感じたか」を自分なりに想像することが、関係性を育てるカギになります。
アンコンシャス・バイアスはなくすべきもの?
自分や他者の行動を制限したり、可能性を狭めたりするアンコンシャス・バイアスをなくすことは大切なことですが、それを完全になくすことはとても難しいことです。それは、アンコンシャスバイアスが、ときに「気遣い」や「思いやり」といった形で表現されることがあるからです。
例えば「お子さんがいるから、出張は他の人にお願いするね」というある上司の一言。これは思い込みであると同時に、思いやりによる発言でもあります。言われた側は、自分の仕事だから責任を持って出張にも行きたいのに、と思うかもしれませんが、育児が大変だったから助かったと思うかもしれません。もっとも、この場合は上司が初めに「出張行ける?」と聞くことも必要です。
アンコンシャス・バイアスを完全になくすことはできません。なぜなら、社会の中で育ち、生きてきた私たちは、誰もがその社会の中にある価値観や規範を内面化しているからです。そしてそれが、差別や偏見につながってしまうことがあるのです。だからこそ、自分たちの中にアンコンシャス・バイアスがあるということを自覚することが重要です。それが、より公平で多様性を尊重した関係性、社会をつくることにつながるのです。