人口の1%にも満たないと言われているトランスジェンダー。人数が少ないだけでなく、現実の社会における「女性/男性」に馴染んで生活している場合は、あえてカミングアウトする必要もないことも多いため、トランスジェンダー として可視化されることは非常に少ない状況にあります。現実にはシスジェンダー(出生時に割り当てられた性別が性自認と同じでその性別で生きる人)の人もトランスジェンダーの人も常に共に過ごしているにも関わらず、シスジェンダーの人にとってはそれが意識化されず、自分ごととして考えるのが難しくなっているかもしれません。
少数派の権利も保障してすべての人が共存する社会を作るには何が必要なのか。感情論やSNSの情報に流されることなく冷静に議論をするためにも、ここでは現在トランスジェンダーを取り巻く状況を取り上げたいと思います。
トランスジェンダーとは?
トランスジェンダーとは、「出生時に割り当てられた性別とは異なる性別で生きる人」のことです。性自認(自分の性別をどのように認識しているか)は個人のアイデンティティであり、単なる自称とは異なります。
性同一性障害(新しい国際疾病分類では 「障害」の枠から外れ「性別不合」に名称が改められたため、日本でも今後はこの用語は使われなくなる可能性が高いです)と診断されたトランスジェンダーの半数以上が、戸籍の変更は行っていないといいます。戸籍の変更については、2003年に成立した「性同一性障害の性別の取扱いの特例に関する法律」に基づき、特定の条件を満たした場合、家庭裁判所の審判により、法令上の性別の取扱いと、戸籍上の性別記載を変更することができます。
〈性同一性障害の性別の取扱いの特例に関する法律〉
(性別の取扱いの変更の審判)
第三条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
1. 二人以上の医師により,性同一性障害であることが診断されていること
2. 18歳以上であること
3. 現に婚姻をしていないこと
4. 現に未成年の子がいないこと
5. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
6. 他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていること
出典:
裁判所ウェブサイト
e-govウェブサイト
をもとにSEXOLOGY製作委員会作成
ただ、特に上記の5.と6.に関しては体に大きな負担がかかり、本人が他の疾病も合わせもっているなどの健康上の理由で、手術ができないこともあります。また、保険も一部にしか適用されず、多くの人が自費で高額な手術代を支払うこととなり、それが困難なために手術ができない場合もあります。「生殖能力を欠くということ」を強いられることが人権侵害にも当たるという見方から、世界の流れとしては性別変更についての性別適合手術要件はどんどんなくなってきており、日本でも生殖器についての手術は行わず、法律が変わることを待っている人も多くいるといいます。
女性への暴力を防ぐために、シス/トランスを分断する必要はない
トランスジェンダーについて議論される際によくあるネガティブな反応例として、「女性用トイレ、女性用更衣室、女性用お風呂などに“自分は女性”と称する人が入ってきたらどうするのか?性暴力を助長することになるのでは?」という意見があります。ですが、本当に性暴力をなくすためにはトランスジェンダーの排除ではなく、もっと司法や政治、警察、教育、あらゆる場で性暴力への反対を打ち出し、実現する べきです。
上記のネガティブな反応で懸念されている性暴力について、そもそも問題なのは、女性であると偽って痴漢や性犯罪行為をしようとする男性犯罪者であり、トランスジェンダー女性ではありません。犯罪をしようとする人は、トイレが別でも一緒でも犯罪を犯すでしょうし、そもそも、性暴力は確かに男性から女性に向けたものが多いですが、同性同士、また女性から男性にも起こり得ます。そしてそれらはどの場合でも、性暴力として真摯に対応されるべきです。このように、性暴力への懸念と性的マイノリティーとは全く別の話です。
また、女性への暴力の被害者にはシス女性もトランス女性もいます(トイレや電車の痴漢被害を考えれば想像しやすいでしょう)。女性への暴力をなくすにあたり、シス/トランスを分断する必要はありません。
トランスジェンダーにとっては、トイレや公衆浴場の話題よりも
重要な課題が多く取り残されている
トイレや銭湯などの公衆浴場についての話ばかりが話題にされますが、トランスジェンダー当事者にとって、トイレやお風呂よりももっと重要な課題が多く取り残されています。
例えば調査によると、トランスジェンダーの就労状況については安定雇用に繋がりにくい、または貧困状態に陥りやすい傾向があります※1。いまだに性別を意識させられることの多い就職活動では、シスジェンダーに比べると困難が大きいといいます。
職場でも、プライベートについて話しづらい、自認する性別と異なる性別でふるまわなければならない、健康診断を受けづらいなど様々な困りごとを抱えています。
また効果に個人差はあるものの、トランスジェンダーにとってホルモン治療は身体違和感を軽減させ社会生活が送りやすくなることが期待できる重要な医療ですが、「自己満足のために婦人科に通っている」などといった書き込みがSNSで拡散されるなど、トランスジェンダーの婦人科受診についても、心ない意見が散見されます。
医療・保険・福祉支援へのアクセスの悪さも課題です。認定NPO法人ReBitが実施した『LGBTQ医療福祉調査2023』※2によると、トランスジェンダー男性・女性の約8割は、医療サービス等を利用した際にセクシュアリティに関連した困難を経験しているといいます。その影響で体調が悪くても病院に行かず、4人に1人が自殺念慮・未遂に繋がっているといいます。
その他、保護者や親族などからの虐待、いじめなどに苦しんでいる当事者たちがたくさんいます。家を探すときに困り事を感じている方々も多いといいます。
※1出典:はじめてのトランスジェンダー
LGBTと職場環境に関するアンケート調査 niji VOICE 2020
調査報告:LGBTや性的マイノリティの 就職活動における経験と就労支援の現状
多様な人材が活躍できる職場環境に関する企業の事例集~性的マイノリティに関する取組事例~
※2出典:認定NPO法人ReBit『LGBTQ医療福祉調査2023』
また、よく話題に上がる公衆浴場とトイレの利用については、国が明確な方針を出しています。
まず公衆浴場に関しては、2023年6月23日付で厚労省が都道府県などに対し、「男女の判断は身体的特徴を持って判断するもの」と通知を出しています。浴場や旅館の営業者は「例えば、体は男性、心は女性の者が女湯に入らないようにする必要がある」との見解を示し、公衆浴場の入浴者について、「男女を身体的な特徴の性をもって判断する取り扱いは合理的な区別であり、差別に当たらない」とする衆院内閣委員会での伊佐進一厚労副大臣の答弁を添付しました。
ただ、実際にトラブルがあったわけではないのにこの通知を出したことで、実際にトラブルが起こっているかのような混乱を招き、それが差別につながるという懸念や、トランス差別をする人たちが「自分たちの心配が厚労省を動かした」と実情とは異なる認識をしてしまっている(この通知はむしろトランス差別を止めるために出されています)現状があります。
トイレについては2023年7月11日、トランスジェンダー女性のトイレ使用制限は違法とする最高裁の判決が出ています。これは「戸籍上の性別を変更していないことを理由に職場で女性用トイレの使用制限などをされるのは違法」として、経済産業省の女性職員が国に処遇改善などを求めた訴訟の上告審の判決で、5人の裁判官が全員一致で違法と示しました。
5人の裁判官のうち、渡邉惠理子裁判官は「生物学的な区別を前提として男女別トイレを利用している職員に対する配慮も必要」とした上で、「女性職員らの利益を軽視することはできないものの、原告にとっては人として生きていく上で不可欠ともいうべき重要な法益」と指摘しました。
日本で最初のLGBTQ+に関する法律ができたけれど…
性的マイノリティへの理解を広めるための法律、LGBT理解増進法が2023年6月16日に国会で可決されました。LGBT理解推進法の正式名称は「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律」です。この法案はLGBTQ+に関する基礎知識を広め、国民全体における性的少数者への理解を促し、すべての人々が尊重され、安心して生活できる環境を整えることを目指した法律です。
ただ、日本で初めてのLGBT法ができたものの、逆に理解“抑制”法になってしまった(少数者の権利擁護ではなく、多数者の権利に配慮する内容になってしまった)との声もあります。実際新法の可決により、特にトランスジェンダーの方々に対する差別が煽られ、当事者たちへの攻撃も増しています。
特に問題とされているのが次の二点です。
1.トランスジェンダー当事者が不安の対象にされかねない
法案では「すべての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意する」という条文が追加されました。この文言はトランスジェンダー当事者が、国民の安心を脅かすような存在として捉えられかねず、かえって理解を妨げる根拠になる可能性もあるとの声も上がっています。
2.性の多様性の教育が止まってしまうのでは?
学校での理解増進に関して、「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得て」という一文も条文に追加されました。この文言が入ったことで、保護者など周囲の大人が一人でも反対すれば学校が萎縮し、性の多様性に関する教育そのものが止まってしまうという懸念が生まれています。
しかし、参議院内閣委員会でも、法案提出者の一人である公明党・國重徹議員が「保護者の協力を得なければ取り組みを進められないという意味ではない」と答弁しているように、特定の個人や団体などからの反対が、学校での理解を広げる動きに介入できるものではないことは覚えておきたい点です。
感情論に流されたり、SNSなどで流れてくる不正確かもしれない情報を安易に信じて想像だけで発信したりせず、信頼できる本やYoutube、トランスジェンダーに関するサイトなどから正しい知識を学び、本質的な問題に目を向けることが、いま必要なことではないでしょうか?